人と心のよりどころ。浄土真宗本願寺派(西本願寺)のお寺「賢明寺」の公式ホームページです。伝統を大切にしながらも様々な新しい活動を通じて、仏法の暖かさと喜びを伝える「古くて新しいお寺」です。葬儀・法事のご相談・ご依頼も受け付けております。日本最後の城、幻の「旭城」の一部を移築した山門もございます。

周辺の様子・沿革

紫金山(山号、しこんざん)賢明寺(けんみょうじ)について

 


西日を背にした賢明寺本堂の様子


つつじで有名な宝福寺山から遠景

地域・周辺の様子

賢明寺は福岡県豊前市にある浄土真宗本願寺派(お西)のお寺です。

賢明寺のある豊前市は同じ福岡県の中でも博多は遠く、北九州市の小倉へ出るよりも、からあげや、黒田官兵衛で有名な大分県の中津市に行く方が近いという場所にあり、福岡県の中でも南の方にあります。

そのおかげで、大きな都市も近くにはなく、ゆったりと過ごせ、海も山も近く、食べ物にも非常に恵まれています。

車を2時間弱、走らせると、大分県の別府温泉や、湯布院、または熊本県の阿蘇の方にも行くことができます。

有名な観光地が周りにあるので豊前市を拠点として九州のいろいろなところを見て回るのもおもしろいかと思います。

そんな豊前市ににあるお寺が賢明寺です。

現在の住職(この地域では院家さんと呼ばれます)は、第17世にあたります。

(所在地の地図はアクセスをご覧ください。)

歴史

書物にはこのように書かれています。

○小倉領内西本願寺門徒寺庵略誌(寺庵略誌)

沿革
寺庵略誌に云「一、松江淨円寺末、上毛郡八屋村 有檀官位 賢明寺、往古行基之開基、八匁?村町筋東西南北分、東町観世音、南町藥師、北祝?神、西阿弥陀、中比禅宗其の後斷絶之跡堅明寺先祖渡部某慶長年中道場建立、寺号寛永十六卯年十一月十一日 従本願寺 免許開基淨専二、淨尊三、敎安四慶安五、祐?玄六敎翁?当住七世悅道八世智海」寺院聚録に云「淨円寺末寺 在上毛郡八屋 紫金山堅明寺」編者云 今は賢明寺と云、

☆福岡県 築上郡豊前市 教育振興会 発行
『築上郡史 下巻』 p243,275,276より。

上の文を要約しますと、
もともと、賢明寺はは禅宗の寺だったようですが、続かずに断絶したようです。(おそらく家系が)その後に渡部という方が入って、慶長の中ごろに本堂を建てました。

そして、寛永十六年=1639年
この年の、11月11日(おそらく旧暦)に本願寺より免許をいただき堅明寺となりました。(この時は「賢」ではなく「堅」)
そこからの開基(初代)が、淨専という方のようであります。

慶長→元和→寛永と時代が動いていく中で産声を上げたようであります。

◇慶長とは

1596年から1615年までの、約19年間の年号のこと。
慶長5年(1600年)には関ヶ原の戦いが起こっています。
慶長8年(1603年)には徳川家康が征夷大将軍になり、江戸幕府を創立しています。

慶長19年(1614年)には大坂冬の陣。

翌年の
元和元年(1615年)には大坂夏の陣があり、豊臣氏が滅亡しています。
元和は2年まであり、その次の年号が寛永になります。

◇寛永十六年のできごと

・本願寺学寮設立(現在の龍谷大学)
・江戸幕府、第五次鎖国令発布、ポルトガル船の入港を禁止。

(wikipedia より)

・参考ページ
http://www.sky.sannet.ne.jp/gongtian_ming/nenpyou1.htm

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