2017年6月1日

小倉の永照寺さまで、布教交流大会が行われた。

今回はその模様をお伝えしたいと思う。

大会概要

この布教大会の正式名称は、

『山口教区・北豊教区 青年布教使交流大会』というもので、

年に一度、山口県と、福岡県の北九州周辺の若手のお坊さんたちが、

布教をする会だ。(今回は大分も加わった。)

 

「え!?お坊さんの世界にも大会ってあるんだ!」

と、スポーツ好きの人は言うかもしれないが、

そういったトーナメント的なものではなく、

日頃の成果を発表する場と言えるだろう。

 

ただ、私の思いとしては、多くの同業者が見ることになるので、

実力を見られるとても厳しい場だと思っている。

青年布教使とは?

”青年布教使”とは、その名の通り、布教をする若い人のことで、「本願寺派布教使」という免許を持った若い人たちのことを指す。

北豊教区は45歳以下、山口は40歳以下と、教区によって違うようだ。

ちなみに、うちの教区は、布教使資格の有り無しは今回の大会では問わないことになっている。(と思う。自主的な会で規約などがないので。)

教区とは?

また、○○教区(きょうく)とは、いわゆる”くくり”のことで、

グループの分け方と言ってもいい。

簡単に言うと、浄土真宗本願寺派のお寺のグループは下記の形になっている。

 

一般寺院 < 組 < 教区 < 連区 < 本願寺派全体

 

説明すると、一般寺院が市町村単位などで、組(そ)を形成し、

県単位では、組(そ)が集まった教区(きょうく)となる、

そしてもう少し大きいくくりが、九州地区全体などの連区となって、

京都の西本願寺がその中央をになう。

 

今回の大会は「教区」同志が交流して布教大会を行ったものになるので、

自分のグループの威信をかけた闘いになる(のかもしれない。)

参加教区は3エリアから。

今回が第11回目の開催になる布教大会。

前回までは山口と北豊の交流大会であったが、

(前身として、過去には8教区の布教大会があったようだ)

今回あたらに大分教区を加えた3教区の交流大会になった。

 

詳しいエリアは下記のとおり。

①北豊教区…福岡県の北は門司から西は田川、南は豊前、上毛町のエリア

②山口県教区…山口県全体

③大分教区…大分県全体

それぞれの地域から精鋭が集まってくるわけだ。

今回の会場は小倉御坊、永照寺

大会会場は年ごとの受け持ちで、担当教区によって変わる。

一年ごとに、北豊ですればその次の年は山口でという具合になっているのだ。

今年は、北豊教区の受け持ちだったので、

北九州小倉の追手町にある永照寺さまで開催された。

このお寺は「小倉御坊」と呼ばれ、とても歴史のある寺院だ。

永照寺ホームページ

気になる建物発見!

境内の中にある真新しいおしゃれな建物が目に留まった。

一体何かと近づいてみると…

「帰命殿」(きみょうでん)と書かれてあった。

壁に掲げられた案内板を見ると…

「あ!納骨堂だ。」

すごい近代的で、エレベーターも完備されている!

ウチも納骨堂があるので、少し見学させていただいた。

二河白道を表した、ステンドグラス。

(もう一つは赤くなっている。)

三部経を表した作品。

小倉織でできている。

エントランスには、ガラス張りの休憩スペースも。

トイレ看板のデザインまで、スタイリッシュ。

なんか、すべてがきれいだ。

「往き先が分かれば、生き方がわかる」というキャッチコピーもとてもいい。

詳しくはホームページを参照!

いよいよ、大会開始!

さあ、ここからは、実際にどんな大会なのかを見ていきたいと思う。

写真の通り、この大会は、お坊さんだけでやるものではなく、ご門徒さんもいる。

つまり、実際の布教現場で行う大会なのだ。

 

あらかじめ決められたテーマに基づいて、一人30分の時間が与えられ、仏さまのお救いの話をしていく。

年齢もバラバラで、経験も違うが、自身の言葉に落とし込んで語っていくのだ。

今回は、6人の法話があり、最後に指導講師のまとめの法話がある。

休憩や、昼食をはさみながら、全日程10時から16時頃までという、長丁場だ。

普段の法話と違うのが、険しい顔をして聞いている黒い服を着た集団がいること。

(話す側からしたらそう見えるだろうなというイメージです(笑))

ご門徒の周りを囲むように、お坊さんたちが座っているのだ。

若手のお坊さんは普段と違った雰囲気の中、お取次ぎ(法話)をしていく。

これで、緊張しないわけがない。

 

ぼくも数年前に一度出たことがあるが、がちがちに緊張して、

昼ごはんもまともにのどを通らないほどだった。

…全部食べたけど。

待っている時が一番しんどい

話す時ももちろん緊張するが、ぼく的には待っている時間がつらいと思う。

色んな思いが逡巡するからだ。

 

上の写真の先輩の様子を見ると、緊張されているのが伝わってくる。

気楽にお聴聞(おちょうもん・法話をきくこと)できれば、いいのだけれど、

そういうわけにはいかない。

自分の原稿を忘れてしまわないか、しっかりしゃべれるか、そういうことが頭を巡る。

 

ぼくが出た時は、事前にトップバッターと聞いていたので、それ用の原稿を作っていったりしたが、

実際、行ってみると、午後の一番最後だった!ということもあった。

当時、初めての大舞台で、相当練習していったのに、ここで変更とは!という驚きで、

お昼ご飯ものどを通らないほどだったが、(全部食べたけど!)

本番までに話すことを少し変更し、出番を迎えたのを覚えている。

そういうこともあって、この時、他の実演者の話はほとんど耳に入ってこなかった。

それでも、今回はの実演者たちは本番を迎えると、堂々としたもので、

聞いていると、こちらが圧倒される実演者も多かった。

また、ご門徒からも笑いやお念仏の声が聞こえ、とてもいい時間を過ごされたのではと、

推察された。

こういう姿をみると、負けるもんかと、やる気がみなぎってくる。

聞く側の必需品

実演者が話している間、聞いている側は何をしているかというと、

ただ聞いているだけではない。

布教ネタがあちこち転がっていたりするので、勉強のため、

ノートとペンを持って、メモしていくのだ。

いそいそとメモメモ。

あまりに急ぎすぎて後で見直したときに、何が書いてあるか分からないことも時々ある。

…時々ね。

あと必須なのは録音機。ICレコーダー。

これで録音して、mp3に変換。車の中などで繰り返し聞いたりする。

いわゆるスピードラーニング方式。聞き流すだけの!

場合によっては、書き起こすこともある。

 

話を戻すと、このお聴聞の時間は、話す方も聞く方も、お互いに勉強の時間になっていると言える。

恐怖の時間?ありがたい時間?

実演が全て終わり、まとめの法話も終わると、

恐怖の時間がやってくる。

先生方からの「講評・助言」タイムだ。

 

自己反省から始まり、指導講師たちの指導を仰ぐ。

ここでいつも感心するのは、かなり細かいところまで、

先生たちが聞いてくださっているということだ。

だから、自分ではやりきったと思っていても、

後で、きついしっぺ返しが待っていることが多い。

 

しかし、これはとてもありがたいことだと思う。

京都の研修所を出ると、なかなか指導してもらえるチャンスがなくなるので、

自分の法話を客観的に見直す絶好の機会になる。

指導される方は怖いけれど、ありがたい場なのだ。

 

これで、全日程が終了。

この大会はまた来年となる。

 

普段会えない、他県の人たちと年に一度会える場で、いつも楽しみにしている場だけれど、

それだけでなく、実演者たちの姿を見て、とてもいい刺激をもらえる場にもなっている。

こういった会を作ってくださった先輩方に、感謝をしたいと思う。

 

なお、今回レポートした大会は、誰でもお聴聞が可能。

研修だからといって関係者以外が入れないというものではない。

だから、若い人たちの法話を聞いてみたいという方は

そういう場に出かけてみるのも面白いと思う。

 

またその時はお知らせいたします。

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大江 英崇

僧侶&ローカルWebメディア「ぶぜんらいふ。」編集長(http://buzen-life.com/) お寺と地域の活性を目指して日々奮闘中です。夢は豊前を仏教王国にすること。そのために、お寺を中心としたコミュニティ「お寺まちづくり」を推進中です!