本『ゆっくり、いそげ』に学ぶ、「ギブ」ということ。

本『ゆっくり、いそげ』に学ぶ、「ギブ」ということ。

物事の始め方には二種類ある。

「テイク」から始めるか、「ギブ」から始めるか。

取るか、与えるか。

果たしてぼくたちは、どちらから入っているのだろうか?

 

Book『ゆっくり、いそげ』

今回は、お寺の活動において、非常に重要な気づきを与えてくれた、この本を紹介したい。

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東京、西国分寺にある『クルミドコーヒー』

とてもユニークなお店で、テーブルに置かれているクルミを

自分で殻を割って、食べることができるという一風変わった特徴や、

コンサートなどのイベントを頻繁に開催したり、

「クルミド出版」という部署を作り、本を出版したりと、

面白い取り組みを行っている。

また、2013年には「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となったこともあるお店だ。

 

その店主である影山知明さんは、東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、

ベンチャーキャピタルの創業に参画したという資本主義の最先端を歩んでこられた人で、

その方が、自身の店『クルミドコーヒー』での取り組みや気づきをまとめられたのがこの本だ。

 

本の内容としては、

・ポイントカードをやらない理由。

・投げ銭システムでは広がらなかったコンサート

・日本にチップが普及しない理由

・「私たち」とはどこまでか?

などなど、気になることが多数書かれている。

(詳しくは本をお読みいただきたい。)

 

take or give?

今回ピックアップしたいのは、第二章。

そこに、「テイクから入るか、ギブから入るか。それが問題だ。」という、章題がついている。

 

テイクは相手から「取る」

ギブは相手に「贈る」

と訳すことができる。

 

『ゆっくり、いそげ』には、「テイク」について、

・自分たちが何を手に入れようとするか

・自身の利得

ということが書かれてある。

これを、かみ砕いて言うと、「自己利益を得ようとするところから始まるものの考え方」と言える。

 

反対に「ギブ」については、

人々を喜ばせること

(注・本の中には詳しく書かれているが、まとめるとこうなる)

とある。

こちらは、「相手や周りの人に喜んでもらいたいというところから始まるものの考え方」と言える。

 

では、この本でどう言われているかというと、

「テイク」からではなく、「ギブ」から始めることが提案されているのだ。

 

なぜ、それがいいのかということが、この本には論理立てて書かれてある。

それを読んで、人によってはきれい事に聞こえるかもしれないこの話を

「うん、そうだよなあ」と、とても納得した。

 

そこで、ぼく自身について考えてみた。

ぼく自身はテイク?ギブ?

ぼくたち僧侶は、「仏法を伝えることが、人々の喜びになるはずだ」という思いがある。

だから、原点は「ギブ」だと思うのだ。

 

けれども、時おり「テイク」が顔をのぞかせる時がある。

そのタイミングは大きく分けて、2つある。

 

1つには、現代のお寺を取り巻く環境や社会情勢において、

お寺をなんとか良くしたい、将来も残していきたいと考える中で、

結果がついてこず、焦り始める時。

不安とともに、にょきにょきと「テイク」が出てくる。

例えば、最小限の力で何かを得ようとする行動がそうだろう。

 

また、もう1つは、「教え」を伝えている時。

全ての場合に当てはまるわけではないが、

時たま、素晴らしいもの、すごいものを伝えているという感覚が暴走し

(もちろん教えは素晴らしいが、伝える人間がアレだという話。)

どうしてこの素晴らしさが周りの人は理解できないのだろう?と思う時に、にょきっと出てくる。

 

これは、大変に自己中心的な考えとも言えるのだが、

肥大していくと、周りの人の思いに寄り添わず、上から目線になったり、

物事を進める上での丁寧さを欠いたりすることもある。

自己中心的な伝え方をしている時は、自分の思いに引き入れようとしているという意味で、「テイク」だと思うのだ。

 

相手の思いを置き去りにして自分の思いばかり押し付けるような行為は、

「ギブ」ではなく、「テイク」なのではないだろうか?

 

相手が喜んでこその「ギブ」だ。

 

だから、この本を読んだことを機に、

伝えるということを、見直していきたいと考えている。

ブログも含めて。

 

相手が喜ぶことっていったい何なのだろうか?

そこを考えの原点にしていきたい。

一つにまとめようとするから、ややこしい。

「テイク」のための「ギブ」という考えもあるが、

やってみると、これが意外とうまくまわらないし、

自分の気持ちももやもやすることがある。

一つとして考えないほうがいいのかもしれない。

 

純粋に相手を喜ばせる。楽しませる。こういうことがあってもいい。

きれいごとかもしれないが、そっちのほうが気持ちもすっきりするというのも、

そうしたいという理由のひとつだ。

どうしても、「テイク」から考えると「結果」を求めて「焦って」しまう。

こんなに、「ギブ」しているのに!というヤツだ。

 

だから、少々引き離して、純粋に「ギブ」をする。

それで、意図せず、喜ばしいことが起こればいいや。

そんな気構えの方が楽だ。

 

もちろん、全部がそんな感じだと生活が成り立たなくなるので、

必要なことはしっかりおこなって、

新たなチャレンジや、見直すべきところには、「ギブ」で臨む。

 

それが、焦らず、止まらずの

「ゆっくり、いそげ」なのではないかと思う。

 

その様子はたぶん、ブログに表れてくると思うので、

気長ににお待ちくださいませ。

それでは。

 

本の内容が気になる方はこちらから。おすすめです!

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僧侶&ローカルWebメディア「ぶぜんらいふ。」編集長(http://buzen-life.com/) お寺と地域の活性を目指して日々奮闘中です。夢は豊前を仏教王国にすること。そのために、お寺を中心としたコミュニティ「お寺まちづくり」を推進中です!

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