一年に一度!覚えておくべき除夜の鐘のつき方やマナーのポイント

もうすぐ大晦日。除夜の鐘を撞(つ)く予定は入れてますかー?

除夜の鐘といえば年末の風物詩、あの鐘の音を聞いて一年が終わるなぁと思う方も多いことでしょう。

 

最近では「除夜の鐘うるさい問題」が勃発していますが、ウチのお寺周辺では地域の方が受け入れてくださっているようです。

 

さて、今回はそんな除夜の鐘を一度は撞いてみたいという方のために、除夜の鐘の撞き方を解説していきたいと思います。

そこらへんの観光情報にはない、かなりリアルな内容になっていますので、実家の近くのお寺さんの鐘を鳴らしたいという方に読んで欲しい内容です。

これを読めば除夜の鐘に気軽に参加することができますよ。

それでは、いってみましょー!

目次

近所のお寺で鐘をついているけど、関係者じゃなくても行っていいの?

除夜の鐘が近所で聞こえるけれど、撞きに行ってもいいのかな?

檀家・門徒じゃないと入ったらいけないのではないだろうか?

…とお考えではありませんか?

 

結論から言いますと、お寺との関係がなくとも、一見さんでも、どなたでも除夜の鐘を撞きに行ってOKです。

全国的には一部例外はあるでしょうが、少なくとも私のお寺「賢明寺」はウェルカムです。

(もちろん、マナーを守れる方が前提です。)

 

除夜の鐘に行きたいけれど、まったくどういったことをするのか知らないので不安だという人もいることでしょう。

そんな方のために「除夜の鐘の流れ」を説明していきますね。

除夜の鐘は除夜会の一部

ウチのお寺では除夜の鐘は除夜会(じょやえ)と呼ばれる法要の一部としておこなっています。

 

除夜会とは一年の最後のお勤めとして、大みそかの夜におこなう法要になります。

 

▼ちなみに、除夜会のタイムスケジュールは次の通り。

【12月31日】
23:00 お経
23:10 鐘撞き開始
【1月1日】
午前12:30 終了

…というような流れです。

 

除夜の鐘はこの除夜会の中に入っているので、できることなら初めのお勤めから参加していただくとお寺側もうれしく思います。

ひで:初めての方でも心配のないように、そんな長くないお勤めにしていますのでー。

除夜の鐘の撞き方 手順

それでは最も気になる除夜の鐘の撞き方をご説明していきます。

 

と、その前に。

撞き方ですがそれぞれのお寺で少しずつ違うということをおさえておいてください。

 

大きいお寺では整理券を配布したり、まず本堂に案内されるところもあるでしょう。

もし近所のお寺さんに行かれる場合はお寺さんごとの作法に従ってください。

 

それではウチのお寺で行っている除夜の鐘撞きの手順をお伝えします。

  1. まずは鐘撞き堂に上がります
  2. 撞木(しゅもく)の綱を持ちます。もし、前の方が撞いて間もない場合は少し時間を置きましょう。
  3. 頃合いを見て、数回撞木を揺らして鐘(梵鐘・ぼんしょう)を撞きます。
  4. 次の方に順番を譲りましょう。
  5. 終了後はぜひ、本堂に!

以上となります。

 

混んでいる場合は列に並び順番を待ち、順番がきたら上の手順で鐘を撞いてください。

 

鐘を撞いた後に鐘に向かって合掌される方もいますが、本来鐘自体は礼拝の対象ではないので、少し注意が必要です。気になる方はお寺さんにお伺いしてみましょう。

ウチの鐘には「南無阿弥陀仏」と刻まれているので、鐘を撞いたあとに合掌してもおかしくはありません。

 

鐘をつかれたら小さなお菓子を鐘撞き堂にてお渡ししていますので、もらって帰ってください。

(どうして渡しているのか?ということについては後述します。)

 

鐘を撞いた後は本堂にお参りください

鐘を撞いた後はすぐお帰りになる方やそのまま近くの神社に行かれる方もいますが、ウチのお寺では本堂に上がって阿弥陀様にお参りすることをおすすめしています。

お寺に来たら手を合わせて阿弥陀様にご挨拶をするというのが作法のひとつです。

また本堂では振る舞いの年越しそばやお酒、おつまみを用意していますので少しの時間暖をとって、ゆったりとして帰っていただきたいと思います。

初めて本堂に上がられる方も含め、毎年来ていただける方や、久しぶりに地元に帰ってきたという方がご挨拶にこられる場でもあるので、とても楽しい雰囲気になっていますよ。

除夜の鐘に参加するマナー

除夜の鐘に参加するにあたってみなさんが気持ちよく参加できるために守って欲しいマナーがあります。

それは次の2つ。

  • 鐘を激しく撞かないこと
  • 泥酔の方は遠慮してほしい。

…です。

 

1点目の「鐘を激しく撞くこと」ですが、ストレスを解消するようにこれでもかと強く鐘を撞く人がいますが、あれはぜひやめて欲しいと思います。

なぜかというと、めちゃくちゃに撞くと鐘にもダメージがありますし、撞木(しゅもく)とよばれる木の棒にもダメージがあります。また上屋の瓦にも揺れや振動が伝わって危険です。

一年の清算を鐘をつく一瞬でできるとは思いませんし、どちらかというと丁寧に一年に感謝して鐘を撞く、自分の煩悩と向き合って鐘をつくということの方が大切ですので、どうか丁寧にゆっくりと鐘をついていただければと思います。

 

また、泥酔されている方はご遠慮願いたいと思います。

ウチのお寺は鐘撞き堂が高い位置にあり石段を登っていかなくてはなりません。

泥酔していると落下の危険もありますしけがをすることもありますので、ふらふらの状態での参拝は正直ご遠慮いただきたく思います。

 

また、泥酔されている方は場所をわきまえず騒がれることがあります。

粛々とした気持ちで参拝されている他の方にも迷惑がかかります。

 

過去には泥酔している方にモノを壊されたり、汚されたりということがありました。

どうして悲しい気持ちで新年を迎えなくてはいけないのでしょう?

 

ウチでも振る舞いをしていますから、お酒を飲まずに来てくださいとは言いませんが、

あまりにひどい場合はしかるべき対処をすることもありますので、お酒は常識の範囲でお楽しみくださいね。

除夜の鐘はどうやってカウントしているの?

除夜の鐘と言えば108回撞くということになっていますが、この数をお坊さんはどうやって数えているのか気になっている人もいるようです。

 

数える方法をお伝えする前にそもそもの話ですが、ウチのお寺では絶対に108回でないとダメとはしていません。

厳密に108回だけ撞くお寺もあると思いますが、せっかく参拝したのに鐘を撞けなかったら悲しいですから、ウチでは数を超えていても撞いてもらっています。

ですから、本当は数が関係なく、108回を数える必要はないのですが、それでも人数の把握にもなりますし、形式上数えることにしています。

 

数える方法は単純で飴やチョコレートなどの小さめのお菓子をあらかじめ108個用意しておきます。

それを撞いた方に一つずつ渡していけば108個のお菓子がなくなった時に108回鐘を撞いているということになるのです。

 

私の実家のお寺では鐘を撞いた数を手数えしていたので、だいたい途中で分からなくなっていました(←おい!)

現在はこの「飴とチョコのお菓子作戦」でほとんど失敗なく数えることができています。

参拝者が来ない間はどうしているの?

毎年12月31日の23時~翌1月1日の12時半ごろまで撞いていますが、除夜の鐘の参拝者は大みそかの天候や時間帯によって多い少ないがあります。

テレビ中継しているような大寺院の場合は人が絶えるということがないでしょうが、ウチの一地方寺院の場合は途中で人が来なくなることがあります。

 

そこで人がいなくなった場合にどうしているのか?ということですが、

 

人がいなくなった場合は私が撞くようにしています。

 

なぜかというと、完全に鐘をならすのをやめてしまうと、鐘の音をたよりに参拝に来る方はもう終わってしまったのかな?と思ってしまうからです。

それを防ぐために人が来てない時間帯でも等間隔に鐘を撞くようにしているのです。

 

もし、時間が早いのに鐘撞き堂に誰もいない場合は本堂で暖を取っているか、お手洗いで外しているだけだと思うので、本堂内に声をかけてみてください。

 

▼以上でほとんどのお寺に参拝することができますが、除夜の鐘についてもう少し知りたいという方は少し調べてみましたのでもう少し読んでみてください。

 

除夜の鐘の意味

除夜の鐘を撞く意味は?

除夜の鐘を撞く意味ですが、煩悩を消すためという風に言われています。

 

しかしながら、一年に一回鐘を撞くだけで煩悩を消すことができるのでしょうか?

 

結論からいいますと、人間の煩悩を消すことはできません。

 

しかも、死ぬまで消すことができないのです。

 

浄土真宗の開祖親鸞聖人は次のようにおっしゃっています。

「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえずと、…
(「一念多念文意」『註釈版聖典』693頁)

現代語訳
「凡夫」というのは、わたしどもの身にはあるがままのありようを理解できないという、最も根本的な煩悩、迷いの根源が満ちみちており、欲望も多く、怒りや腹立ちやそねみやねたみの心ばかりが絶え間なく起り、まさに命が終ろうとするそのときまで、止まることもなく、消えることもなく、…

 

このことからも分かるように鐘を撞くだけでは煩悩を消すことができないことが分かるでしょう。

実際、除夜の鐘を撞いた1時間後に神社でお願い(煩悩)してるってこともありますしね…。

 

では、なぜ鐘を撞くのかと言えばそれは自らに煩悩があることを確認するためではないでしょうか?

普段の生活では自己を見つめなおすということをほとんどしませんが、ゆっくりとお寺に参って鐘を撞くという行為によって

自分が何を考えているのか、どういう願いを持って生きているのかを見つめることができるでしょう。

煩悩を持っているということは煩悩によって何をしでかすかわからない自分がいるということであります。

 

そのことを一年に一度でも確認する場所があるということは大事なことではないでしょうか?

なぜ、108回撞くの?

除夜の鐘といえば、108回という数字が出てきますが、この数はどこからきているのでしょうか?

108回という数はほとんどの場合、煩悩の数と言われます。

 

108つの由来
除夜の鐘は多くの寺で108回撞かれる。この「108」という数の由来については、次のような複数の説がある。格別にどれが正しいということはないが、一般には煩悩説が有名である。

煩悩の数
眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の六根のそれぞれに好(こう:気持ちが好い)・悪(あく:気持ちが悪い)・平(へい:どうでもよい)があって18類、この18類それぞれに浄(じょう)・染(せん:きたない)の2類があって36類、この36類を前世・今世・来世の三世に配当して108となり、人間の煩悩の数を表す。
1年間
月の数の12、二十四節気の数の24、七十二候の数の72を足した数が108となり、1年間を表す。
なお、寺によって撞く回数は108回と決まらず、200回以上の場合などがある。

Wikipediaより

またその他に語呂合わせという説もあります。

ここから108回という数がきているわけです。

108回はそのままの意味ではない

しかし、この煩悩の数ですが108という数は実は正確に108をあらわしている訳ではないと言われています。

 

どういうことかというと、仏教では八万四千の法門や三千大千世界など数字が「とても多い」という意味合いに使われます。

108という具体的な数字が出ているので現代的に厳密な数を表していると理解してしまいそうですが、そうではなくてとても多い、数えきれないというような意味合いに取るといいでしょう。

 

神道で言う八百万(やおよろず)の神というのも同じ意味合いですね。

除夜の鐘の撞き方 まとめ

今回は除夜の鐘の撞き方を中心にご紹介しました。

こういった宗教行事が全国的に行われているのはすごいことだと思います。

実際に除夜の鐘でお寺を訪れる際は、それぞれの地域のお寺のマナーを守ってお参りくださればと思います。

それではまた。

 

ローカル僧侶・大江でした。

 

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